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世界の切り取り方

 投稿者:うっけ  投稿日:2007年 2月12日(月)01時15分49秒
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  いやいやいや、いくら司馬遼太郎が偉大な国民的大作家であっても、
なんぼなんでも死してなお、死後も作品を改変しているわけないわけです。

作品を作った段階での「現在」であることは言うまでもなく、また、
「現代の価値観」というのは、「今現在」という意味合いだけではなく、
近世や中世やそれこそ古代までの、その当時に生きていた人たちが、
後出しじゃんけんのように「現代の価値観」にて、生活していると言うことです。

現代の価値観と言うのは、韓流がブームだとか、いや嫌韓だとか、そんな程度のことではなく、
近代以後の概念、アイデンティティや自我、科学主義や合理主義、などなど、
つまりは「世界の切り取り方」
たとえば「人間」という概念など、歴史上の人物が、その価値観で判断したりしている、ということです。

歴史小説というのは、概ねそういうもので、歴史小説はあくまで歴史小説です。
歴史の真実を見るためのものではなく、歴史を舞台に借りた現代小説、つまりは「借景小説」なのです。
NHKの大河ドラマなど、男女平等と人命尊重という「現代の価値観」により、
戦国時代の話が無茶苦茶な切り取られ方をしています。
司馬遼は、大河ドラマほどは酷くはありませんが、同じ後出しじゃんけんがあります。

司馬遼は、歴史小説であって、歴史ではないのです。
歴史小説は小説である以上、司馬遼太郎の歴史観などという、歴史観にはなりえないでしょう。
蓮實の本は読んでいないので文脈はわかりませんが、
>「見えない物が見える坂の上の雲は有害」
というのは、後出しじゃんけんを、あたかも、最初から見えていたかのように、
歴史上の人物が振る舞っていることをさしているのではないかと思います。
 
 
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