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はじめまして サマリア人です
猫さん、ケルベロスさん 心配しないでください。
励ましてくださっている お気持ちは 十分わかりましたから。(^^)
どうしても、100%正しいかどうか わからないというのは
不安になるところもあるのですが、
私も 地獄と 黄泉の違いがあるということは 信じているので、
だいじょうぶですよ〜
ただ、叔父には 親戚として。。できれば福音を生きている間に 受けてほしかった。。という 残念な思いがあるのですよね。。
やはり なくなる間際でも 平安さがちがうとおもうので。。
猫さんの個性は そのままで いいのだとおもいます。
コリント第一 7章17節「おのおの主から分け与えられた分に応じ、それぞれ神に召されたときの身分のままで歩みなさい。これは、すべての教会でわたしが命じていることです」
科学者として、論理的に 検証したい。。それによって、神の真実性を
確信していきたい。。それも
猫さんの個性 神への誠実な思いなのだと思います。
私にとっては 聖書の解明や解釈が100%わからない いや50%もわかっているかどうかも。。疑問ですが。。、教会への信頼の置き方、クリスチャンのあり方。。
その不安を 超越するものが、 神の愛と正義と キリストの再臨という約束への信頼、希望、聖書の教えの、人間の罪故の苦しみの真実性を
確信したからです。(^^)
実は現在、ドイツに10年近く 在住しています。
ドイツでは人口の8%が外国人、私の住む ベルリンでは186の国々から来た外国人がベルリンの人口を14%も占めています。。
道をあるけば 外国人にあたるです。。(^^)
キリスト教精神と、自由、平等と博愛(このモットーも神を抜かしているので源泉は怪しいところですが)の精神が一応 名目として認められている社会でも、同化ではなくて、共存というテーマはとても重要です。
自由、容認だけじゃ 人は幸せにはなれません。。 共存には秩序をいかに保つか。。
自我だらけの人間には 難題です。。そこで神の権威が必要だと実感します。
同国人ですら 生まれ育った価値観や 物事の捉え方などの違いによって理解が難しいですが、異なった人種、国、文化を受け入れることも、さらに偏見や、不寛容さ、高慢さ、過度の干渉、無関心さによって、いかに難しいことかも 実感しています。
神は 地上の人間の苦しみを 断腸の思いでみながら、人間に 神の権威における秩序ある平安と愛のある支配か 人の不安定な、不公平な支配かを 自主的に選択する 時間を与えられたとおもってます。
神の介入なしには 本当の平和は ありえない。。 平安はおとずれない。。
平安の都 天のエルサレム。。
主の再臨を心待ちにしてます。
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